銅版画 -玄工房- 岩佐なをによる詩と版画の世界

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蔵書に夢を紡ぎこむ ―― 岩佐なをのエクス・リブリス
橋 秀文

エクス・リブリスは、日本では蔵書票ないし書票と呼ばれている。本の好きな人ならば、よくその存在を知っていることであろう。ただ、いつ頃からこの蔵書票というものが、わが国で認識され、作られ始めたのであろうか。とにかく、明治以降であることは確かで、ヨーロッパから伝わったゆえ、洋書に付すものとして理解されてきた。もちろん、その後、和書に付すことも可能であろうから、好みによって使い分けられたであろう。ただ、和書の場合は、蔵書印というものが古い歴史を持っていることを忘れてはならない。例えば、森鴎外の史伝『渋江抽斎』を読むといい。鴎外が渋江抽斎なる人物を知ったのは、諸大名の出自と格式を明らかにした書物である武鑑を蒐集している間のことで、作者自身作中で「弘前医官渋江氏蔵書記と云う朱印のある本に度々出逢って、中には買い入れたのもある」と述べている。森鴎外はこうした旧蔵主との出会いを、蔵書印を介して鮮やかに描写したわけであるが、それでは、蔵書票を介しての場面というのが、過去に、どなたかの小説で活写されたことがあったのかどうか、浅学な私は知らない。古本屋で、蔵書印のみならず、蔵書票が貼ってある書籍を何度か購入したことはあるけれども。
日本最初のエクス・リブリスは、プラハ生まれのジャポニスムの版画家エミール・オルリック(1870−1932)が、1900(明治33)年10月(7号)の雑誌《明星》に写真製版で4点掲載し、紹介されたものであった。
では、エクス・リブリスとは本来どのような意味なのだろうか。英語でEx librisと表記されるが、もともとは、ラテン語からきているという。ランダムハウス英和大辞典(小学館刊)を見ると(from the library of )という意味、つまり(・・・の蔵書より)という意味合いがまずひとつある。これは物としての蔵書票というのではなく、印する場合でもよい訳で、印章や手書きでもよいことになる。本に手書きで、Ex libris Iwasa Nawoと記せば、《岩佐なをの蔵書》と言う意味になる。 ただ、シール上の蔵書表にしても同じ意味を持っていることも事実である。蔵書票は(bookplate)と置き換えることもできよう。そして、ランダムハウス英和大辞典の二つ目の意味が、その(bookplate)であり、今回、扱っている蔵書票を説明しているものでもある。いわく、「所有者を示すため、図案の中に氏名・標語・紋章を配したもの;本の内部または表紙に貼り付ける」。ラテン語の英訳として「out of the books (of),from the book (of)」と記載されている。
  日本人の手になるEx Librisの早い例としては、オルリックの《明星》掲載から6年後の、1906(明治39)年に大倉・服部書店から出版された夏目漱石の「倫敦塔」などを収めた短編小説集『漾虚集』の中に、橋口五葉がデザインしたものが写真製版されて掲載されているのがあげられる。そのまた3年後の1909(明治42)年に、北原白秋が第一詩集『邪宗門』を易風社から刊行している。この詩集の見返しの本文側にカットが見られるが、これもEx Librisの文字が見られ、写真製版されて掲載されている。このデザインは、石井柏亭であり、図柄としては、ゾウガメのように大きな亀を正面からとらえた姿が描かれており、Ex Librisを亀の頭上に印し、下には、北原白秋のイニシャルであるHKの文字が配されている。まさに「北原白秋蔵書」という意味を表そうとしている。こうしてみると実にオルリックの影響は大きかったものといえよう。ただ、この二つの書籍は、共に蔵書票を写真印刷で掲載しており、個人の特定した蔵書主のためのエクス・リブリスではないということだ。おそらく、ものめずらしさと書籍に対するハイカラ趣味が大きく作用したものと思われる。
  本来、書籍を愛し、蒐集するものが、本人の書籍であることを示すために、蔵書票を考え出し、本の見返しに貼る行為に及んだと思われる。その本が自分の持ち物であることを主張する必要があったから蔵書票が生まれたのかもしれない。例えば、書籍の貸し借りがあって、いつしか借りたものは返すことを忘れてしまった。貸した方としては、貴重な愛する本であればあるだけ、貸したものがちゃんと返ってくるかどうか、心配で気が気ではなかろう。書籍に対する愛情が異常なほど強くなると、ただ貸すわけにいかぬ。貸さないというのであればそれはそれでよい。しかし、相手にけちだと思われたくないという気持ちが働くと、その本を貸し、もちろん貸した相手には内緒で、すぐに、もう一冊、同じ本を本屋で入手し自分の書架に挿しておく。古本で容易に手に入らないというときはどうするのか。そうなると身もだえするくらいのつらさであろう。愛書家というものは、こと書物に関しては品性を問われても仕方がないもののようだ。話が少しそれるが、自分にとって貴重だと思える本を独り占めしようと思う衝動から、同じ本を何冊も買い集めるものを書豚といい、複数あった同じ本を所有し、その本を世界に1冊しかないものとするために、1冊を残してみな焚書してしまうものを書浪と呼ぶと誰かが教えてくれたように記憶している。そうしたやるせない気持ちから、蔵書票をつけることで、貸す相手に本を返すことを忘れないようにアピールしたかった、そんなところから蔵書票が生れてきたものと推測したい。優れた版画家にセンスある蔵書票を作ってもらおうといった気持ちが芽生えてくるのは、おそらく、もっと後からのことと思われる。
  先ほど夏目漱石や北原白秋の本にハイカラ趣味ととらえてエクス・リブリスが印刷されたと述べたが、この意識は美術を楽しむ上でとても大切のことのように思われる。まさに、同じ時期に、創作版画運動の機運が起こり、恩地孝四郎、織田一磨、川上澄生といった人たちが、エクス・リブリスに手を染めていったことは興味深いものがある。日本の創作版画運動と蔵書票の歴史は、当然、全く一緒とはいえないが、かなり重なる部分があるだろう。ただ、版画自体は大きな画面のものもあり、それに比べ蔵書票は大きさに限りがある。画面が書籍より大きな蔵書票はありえないわけだから、エクス・リブリスというのは、小さなものとしてその存在を主張している。紙の宝石と呼ばれるのも小さな画面で光り輝くイメージを放ち、見るものの心をつかんで離さない魅力を持つからなのであろう。画面の大きさという問題は大きなものであるが、小さな版画がすべて蔵書票かというと決してそのようなことはない。書籍という宇宙を拒否したいという芸術家だっているわけである。蔵書票というのは、画面に《Ex Libris》なり、《 ・・・蔵書》といった文字を書き込む規則になっている。それが気に入らない人もいるかもしれない。そうしたことを考えると蔵書票というのは、限定された芸術表現だといえよう。ただ、その限定された世界の中で、どれだけ自由に、奥深く、芸術表現を展開していくかということも、創作活動の大きな刺激となって、どこまでも可能性は尽きず、とても面白いことのように思われる。書籍から触発されてイメージを表現しようとする際に、蔵書票という表現手段に身を委ねていいか悪いかは、芸術家ひとりひとりの判断によるのであろう。
  岩佐なをが、エクス・リブリスを手がけたのはいつの頃からだろうか。就職し始めてからだと記憶するのだが。おそらく30年くらい前になるのであろう。ペン画から銅版画制作に移行し、それほど時を経ることなく、エクス・リブリスを作り始めたように思う。
岩佐なをが30年間してきたことは、蔵書に夢を紡ぎ込むとでもいおうか、ただたんに、蔵書票に夢を紡ぎ込むというのとは少し違う気がする。蔵書票にこだわり、時には、何度か、蔵書票から離れてみようとも思ったりもしたようではあるが、やはり、蔵書票から離れずに制作しつづけてきた。それは、依頼する蔵書主と制作者とのコミュニケーションで成り立つ世界でもあることを作者がどこかで楽しんでいるふしがあるからだ。もちろん、他人のためにではなく自分のために作品を作るのであるし、作者の創作意欲が依頼主の希望を押しのけることだってあるだろう。それでも、作ってあげる人に、完成作を見せたらどのような反応が返ってくるかを楽しみにしている部分がある。それは、版画という行為が、描いていてじかにその結果が目に見えるのではなく、製版をした後、インクを詰め、刷って、やっと版から紙をめくりあげるまで、その結果を知ることが出来ないわくわくとした感じに似ていなくもない。
  刷りに失敗して、最後に、期待はずれのものが出来てくる。どうしてだろう。次こそは成功させるぞ。そして、依頼主がどのような顔をするか、完成作を見せる時の感じ。喜んでくれることもあれば、不満に思われることもある。どのような世界でも同じであろう。料理人であろうが、役者であろうが、小説家であろうが、創作物をお客がどのように受け取るかが気になる。創作活動に関わるものにとって、それはとても大切なことであろう。
  創作活動には、サービス精神が適度に含まれていなくてはならないと思う。そして、岩佐なをはそのサービス精神をよくわきまえもし、また、そのことで他人を喜ばすことが出来たら自分もとても幸せな気分になる性質の人物だ。普通の版画作品以上に、依頼主であり蔵書主である人がいることで、岩佐なをは、エクス・リブリスの制作に熱が入るのである。ただ、この辺が微妙なのだが、いつもその依頼主の顔色ばかりうかがっているわけではなく、自分の心の中に漂っているイメージを上手く引き寄せて、それを書籍のなかにに吹き込もうとするのである。紙魚ならぬ、岩佐なをの生み出したエクス・リブリスは、紙の精、紙精とでも呼んでみたい。〈蔵書に夢を紡ぎ込む〉所以である。
(はし ひでぶみ:神奈川県立近代美術館専門学芸員)

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